私もこんな子だった

私は男ばかりの三兄弟の末っ子で、とても成長の遅い子どもでした。

今でも背は小さいのですが、学生時代は常に一番前に並んでいましたし、何をするにも人の後ろについて歩くようなおとなしい子どもでした。

小学校の3-4年生くらいまでの記憶はかなり曖昧で、本当に変わった子どもだったと思います。

いくつもの事を覚えるのが苦手で、言われたことをすぐに忘れてしまうことが多かったです。

特に宿題をよく忘れていました。やりたくないのではなく、本当に忘れてしまうのです。

何かに集中しだすと、周りに目がいかなくなり、壁や自転車にぶつかって大怪我をしたり、自分が今いる場所が分からなくなり迷子になったこともありました。

また、人と話すのが特に苦手で、限られた人とだけ話すことが多かったですし、自分から話しかけることも苦手でした。

とても怖がりで、特に学校のトイレが怖くて一人で入れなかったのを覚えています。そのことを誰にも相談できず、お漏らしをすることもありました。

こんな子供だったので、学校に行くのがとても苦痛でした。

それでも結局は学校を卒業していますので、自分なりに解決し、何とか学校生活を送っていたのだと思います。

しかし、どうやって解決していったのかは本当に記憶にありません。

きっと、わたしには発達の偏りがあったのだと思います。

このような偏りは、実は誰にでもあるものなのです。

体を動かすのが苦手で運動できない子

言葉で説明することが苦手で大人しかったり、手が出てしまう子

目で見たものを頭の中で整理するパズル等が苦手な子

頭の中で計算する暗算などが苦手な子。

さまざまな偏りがある中で、自分のできない部分に目を向け、不安になり、自分に自信が持てずにさらに不安になる。

このような悪循環がうまれ、そこから抜け出せずに、学校に行くことが苦痛になってしまうのです。

わたしの場合は、学年が進むにつれ、友人にも恵まれ、大きなトラブルもなく過ごすことができましたが、同じような不安を抱えている子どもはとても多いと思います。

あの時に、焦らなくても大丈夫! 今のままでいいんだよ と教えてくれる人が近くにいてくれたら、もっと楽に、もっと笑顔で学校生活が送れていたのではないかと思います。

発達の偏りが見られたときに、遅れている部分を何とかしようとすると苦痛を伴います。

できる部分に目を向けていけば、楽になります。楽しくなります。

偏りがあってもいいんだよ!こんなにできることがあるんだから!

そんな言葉をかけてあげたいという気持ちでこの事業を始めることにしました。

奄美の未来を背負う子どもたちのために。

私ができることをしていきたいと思います。